10月第3週

空虚を空虚として捉えるのではなく、別のパラダイムが生まれる現場と考える。未決定性の生成の中にいるということが、きわめてポジティブに捉えられている。卵のイメージが非常にわかりやすい。ドゥルーズの思想全体から見れば相当に削ぎ落しているのだろうけど、核の部分はクリアに理解できた。入門書にぴったり。
 
新しい文学のために (岩波新書)
大江 健三郎
岩波書店
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原理・方法論に即して文学を論じる試み。まず作品の多角的な読みの必要性を説き、ロシア・フォルマリズムの「異化」を中心にした文学の基本的あり方、受け手として異化を内面化することで個人の中に理論・文体が形成されること、想像力の働き、作者や世界のモデルとしての文学、読むことと書くことの接続、さらに神話構造にまで話は及ぶ。平たく言えば「よく読んで学んで書くことにつなげる」ということが論じられている。異化による人間の賦活を文学の役目と位置づけているようで、ややまわりくどいが健康な方法論だと思う。
 
本が語ってくれること (1975年)
吉田 健一
新潮社
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文芸時評と本にまつわるエッセイ。個人的に、吉田健一倉橋由美子などその道の作家・読書家に崇敬されている文学者という認識だった。それもそのはずで、言葉について、文学について、詩について、該博な知識でもって相当に踏み込んだことを述べており、なるほど作家に愛されるのも頷ける。本書は時評であるとともに優れた国語論でも読書論でもあり、なかなかに蒙を啓かれた。ただ、この人の文章は一癖も二癖もある。
本を読むにはまず言葉の余韻が響くだけの生活がなければならないとして、生活を乱す本と読書を戒め、読書の中にしか生活を求めない態度を有害だとする。本を読むのは「息を整える為」、暮らしのリズムを正常にする手段が読書である。

名文といふのは当り前なことを説くものである。そして当り前なことといふのはそれが解り切つてゐて下らないことだからそれを言ふものが少いのでなくて誰にでも解つてゐてそれに触れる必要がないからである以上にそれを言葉で表すのが至難の業だからである。

 

渋谷色浅川
渋谷色浅川
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笙野 頼子
新潮社
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作家の渋谷見聞記といえば聞こえはいいが、要するに渋谷について身辺についてのだべりである。体感を基本にすえて渋谷を斬るつもりが逆にすりつぶされている感じで、「後にはただ疲れ果てた何も信じない小市民が残るだけである」といった感慨もひとしお。作中でやけにしんどそうなのを読んでいるとこっちまでしんどくなる。くだけた文体でぐねぐねぐねぐね続くので疲れた。
 
クールベ (1976年) (岩波新書)
坂崎 坦
岩波書店
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絵画に社会的な視座を取り入れたというクールベと、バルトの言うエクリチュールの変容があった時代(1850年頃)が被っているので、もしやと思ったらこれが大当たりだった。1850年までのサロンの審査は政府の役人によって行われており、長く不遇をかこつ、あるいはそれ以降もサロンや批評家との確執が大きかったクールベにとって、作品が社会的性格を持つのは当然のことであった。国家からの叙勲を断った件も、晩年の迫害も、それこそ絵に描いたような追放者の影を持つ。というか普通に面白い人物なのできちんとした評伝を読もう。

国家が褒賞せんと企てるとき、それは国民一般の趣味を侵害する。(…)国家の干渉はこれを公的儀礼の中に封じこみ、最悪不毛の凡庸に堕せしめることだ。国家にとって賢明なこととは万事を差し控えることにある。したがって国家がわれわれを自由にしてくれる暁には、国家はわれわれに対してその全義務を全うしたといえるであろう。

 

作歌のすすめ―最新短歌入門
秋葉 四郎
短歌新聞社
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短いながらも詩であるという自覚と観察の重要性。主に作歌にあたっての心得を説くもので、正岡子規斎藤茂吉・佐藤佐太郎の影響下にあるのが見て取れて、若干古いがおそらく主流の考え方のように思う。もう少し具体的な技術にも触れてほしかったが。
 
鏡花全集〈巻27〉 (1976年)
泉 鏡花
岩波書店
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俳句だけ。

鈴つけて桜の声をきく夜かな
わが恋は人とる沼の花菖蒲(はなあやめ)
稲妻に道きく女はだしかな
十六夜やたづねし人は水神に
山姫やすすきの中の京人形
山茶花に此の熱燗の恥かしき