8月第2週

デルスウ・ウザーラ―沿海州探検行 (東洋文庫 (55))
アルセーニエフ
平凡社
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1907年、北海道とは海を隔てた極東ロシアの一地帯を、著者アルセーニエフは少数の人員をともなって調査した。本書はその調査旅行の記録であり、ガイドとして同行したゴリド(現ナナイ)族の老人の名前をタイトルに冠している。このデルスウ老人は万物を生けるものと見なし、動物も、星さえもを「人」と呼ぶ猟師だ。調査旅行らしい詳細な地誌や植生の描写と並行して、著者がデルスウの智慧に触れて絆を深めていく様子が描かれる。純朴で頼もしく、しかし都市の生活に馴染めなかったデルスウ。やるせない結末には胸が詰まった。
終盤、デルスウは預けられていたインク瓶をなくしてしまう。それについて、人の口から出て空中に広がって消える言葉はともかく、紙にのって百年以上も生きる瓶詰めの言葉(インクのこと)は扱いかねると弁明している。そんな文字以前のアニミスティックな世界を、著者が書き留めなければ永遠に失われていたであろうデルスウの姿を通して垣間見ることの不思議に思いを馳せた。
 狂言・大名狂言・小名狂言・聟狂言を収める。狂言台本というものを初めて読んだがとても読みやすく面白かった。それぞれの話の面白さもさることながら、シテとアドのテンポのよいやりとりがおかしくて、導入部など形式化している部分も「つかみ」に思えてくる。動きの凝った「棒縛」や「居杭」はぜひ舞台で見てみたい。
特に印象に残ったのは「米市」。年越しの米俵を担いで小袖を羽織った男は、高貴な姫を背負っていると間違えられて若者たちにちょっかいを出されるが、揉み合いの末、ただの米俵と見破られてしまう。興冷めして去っていく若者を尻目に、男は米俵を誇らしげに抱え持つ。……周囲からは取るに足りないものと思われても、それを大切に思う人間にしてみれば高貴な姫に等しい。ささやかな幸福と哀感が切々と伝わってくる。ほろりとした。