6月第4週

個性を煽られその個性の承認を互いに求めるために過同調に陥っていく子どもたちの親密圏。文科省が配布した冊子にある「自分の心に向き合い、本当の私に出会いましょう」という文言が本当に気持ち悪い。あとでもう一回丁寧に読みます。

個性は社会的な関係の中で相対的に発見されるものであるのに、生来的な属性と考えられている。その結果、過剰に個人の内面が重視され、生理的な感覚や衝動が称揚されることになった。だがそれは刹那的でいかようにも変化しうる不確かなもので、自己意識は時間軸を失って断片化していく。断片化した内面に社会的な視座を持たない自己は、個性の不確かさから来る不安を人間関係で補おうとして、親密圏は鏡像関係に陥る。「友だちを気遣っているようでいて、じつは自分自身を気遣っている」
 
夢の通ひ路
夢の通ひ路
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倉橋 由美子
講談社
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生死虚実の境を越えて様々な人々と交歓しあう連作短編集。途中から始まったように思うけど続き物だったのかな。ともあれ、主人公の桂子さんが六条の御息所やエリザベート・バートリなど、虚構の人物や歴史的著名人とあの世この世の枠を取り払って気ままに交流を楽しむ趣向となっています。例のごとくさらりとエロティックで幻想的、かつその極点で人にあらざるものの領域に踏みこんでしまうのは凄みを感じさせます。桂子さんの話が「紅葉狩り」の鬼女の宴で一段落つき、その後を引き受けるように変身譚に流れていくのも納得ですね。
 
とり残されて (文春文庫)
宮部 みゆき
文藝春秋
売り上げランキング: 251497
恋人を殺された教師の前に現れた不思議な子どもの話「とり残されて」をはじめ、蘇った過去によって引き起こされた7つの怪異を収める短編集。過去を解き明かすことで怪異の論理を示すという点ではミステリで、話を組み上げる鮮やかな手腕には魅せられます。しかしなんといってもトリを飾る「たった一人」が出色。夢の風景を探してくれという依頼に、それが探偵の過去にも関係していると明らかになり……。過去を探るうちに辿り着いた事実が、しまいには現実を空中分解させる。このほとんどSFと言っていいアクロバティックさには興奮しました。
 
現代霊性論
現代霊性論
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内田 樹 釈 徹宗
講談社
売り上げランキング: 10085
「生活の中に深く入り込んでいる宗教的なもの」をテーマに行われた対談形式の講義録。話題が多岐に渡っているため散漫ですが、それだけに一考に値する優れた見識も散見されます。要約すると、宗教にしろ儀礼にしろ判断の及ばないものに価値を認めつつ、それらと自分との関わりを把握してうまく立ち回ろう、という感じ。自分の興味の範囲としては「現代の霊性を読み解くために、『儀礼が枯れている社会』は手がかりになる」という言葉が印象的でした。どうしても敬遠しがちなアクチュアルな話題に触れられたのもよかったです。
 
ポポイ
ポポイ
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倉橋 由美子
福武書店
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政界の大御所である祖父の前で割腹を遂げた人物の首を、その孫娘が飼うことになる。テロリストの生首を飼う話と言うと身も蓋もないが。主人公は、首と祖父、想い人の慧君などと関係しながら、まるで神に仕える巫女のようなポジションにある。が、彼らの神託は具体的な謎を解く方向に傾きすぎることはない。物語は、身体の欠如したストイックな官能を漂わせつつも、次第に哀感に染められていく。最終的に「タナトス」と名付けられた首の始末は恋の終幕を見るようで胸に迫った。

数日前、雨が降つた。茸を取りに山へ行かなければならない。でも行かれない。首が来るので家で待たなければならない。乱れた白髪のやうな秋の長雨は終はつた。潅木が疎らになつた。空気が薄くて寂しい。空の天井も抜けたやうな秋だ。近くの雑木の間を散歩したけれど、茸は生えてゐない。落葉樹もまだ錦をまとはず、林の中に金管楽器の燦然と輝く秋の音楽を聴くこともない。ただ、どこかで悲しんでゐる犬の声が聞こえる。

「意味は読者が勝手に読み取るもの」という風なドライな台詞を登場人物に語らせる一方で、この冒頭の古風な美しさがある。冷静さと叙情の同居がこの人の魅力だよなぁと強く思います。
 

水の文化史―四つの川の物語 (文春文庫)
富山 和子
文藝春秋
売り上げランキング: 690492
淀川、利根川木曾川筑後川を中心に、日本人と水との関わりを論じる。河川の歴史を辿り水利用のあり方を説くところから、歴史を知ることが今生きることにつながるという、いわば「歴史の意義」のようなものが明確に見てとれた。川、森、土壌、すべてに人間が関わってきた歴史があり、日本人はそれを適度に手を加えることで維持してきた。放置しておけば自然は回復するといった自然保護も、田舎に負債を払わせる都会の優越も、歴史を無視した無責任な心性が根底にある。責任を引き受ける方法を探るためにも長く読まれるべき名著だろう。
 
夜鳥 (創元推理文庫)
夜鳥 (創元推理文庫)
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モーリス ルヴェル
東京創元社
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残酷趣味とペーソスに彩られたコント集。『新青年』誌上に紹介され当時の探偵文壇にも好評を博したとのことで、「忘れられた作家」というふれこみとも相まって、暗闇を覗き見るような作風にはたまらないものがあります。かといってそれほど大げさなところはなく簡潔で直截。どの話も10ページ程度の短いものなので寝しなにひとつふたつと読むには最適ですね。「幻想」「碧眼」「乞食」「空家」あたりを特に愉しみました。