7月第2週

呪いの都市伝説 カシマさんを追う
松山 ひろし
アールズ出版
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カシマさんとは手足のない幽霊である。カシマさんは噂を聞いた人のもとに現れ、適切に対処しなければ手足を取ったり取り殺したりする。本書ではネットに寄せられた情報をもとに、1972年を基点にカシマさんの噂を様々な角度から検証していく。鹿島神宮、踏切事故、日本兵、眷属の噂、チェーンレターなどを経て噂から日本の暗部が浮かび上がってくる様は読ませる。メディアに紹介された噂が中継地点を介してさらに広まったという「巣別れ伝播説」も魅力的だし、メタ的な仕掛けで不安が伝染するのも面白い。四谷怪談とかもそうだよなぁ。
 この分野の古典ということだが若干厳しい。ひとつの話のバリエーションを何度も読まされるし内容も薄い。しかしこの本が、閉塞する日本の民俗学の賦活剤として紹介されたという意義を考えれば、ことさらに解釈を提示しないスタイルもむべなるかなという気はする。その意味では日本民俗学の問題点を浮き彫りにした解説部分が特に重要だと思われる。学として硬直するあまりに「現在」への感度を鈍らせるというのは言語学など他の分野でも見た。「ものからできごとへ」、身体を軸にして都市を見つめること。都市伝説のリアリティもそのように読みたい。
ただし身体性への惑溺には注意を払わなければならない。身体、そして感覚の称揚は、行き過ぎれば動物の次元に堕してしまう。
 
日本人の言霊思想 (講談社学術文庫 483)
豊田 国夫
講談社
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古代から現代までの言霊思想の変遷を辿る。わりと列挙の感があるのでざっと読んだ。言葉は事柄・事物と一体のものであるという「言事融即」が言霊思想の根底にあると説く。この観念から名前のタブー(諱)なども発生してくる。「大祓詞」とか祝詞をちょっと見てみたくなった。
 
べっぴんぢごく (新潮文庫)
岩井 志麻子
新潮社
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恐るべき因果を抱えた女系一族のおよそ百年に渡る地獄巡りの物語。狂い死にした娘に代わって分限者の家に迎えられた乞食の娘「シヲ」を中心に明治から平成へと系譜を辿っていく。死者の影を背負い死者と交わって子を成すことで続く血と妄執の連なりは、一族に分かちがたく組み込まれた業の凄まじさを強く感じさせる。さらに、シヲの前身に四国遍路があることからも窺えるように、この一族の系譜はひとつの魂鎮めであるのかもしれない。「因果は滅びず廻る」。自分の背後にも多かれ少なかれ業と因果があり、地獄巡りの途にいるのだということを思う。
 前作までの「穏」や「美奥」といった隠れ里的コミュニティから舞台は南の島へ。数人のキーキャラクターを中心に南島の姿を彫琢しつつ、本作では海洋的な広がりが強調されている。そのため物語の背後に南洋のコスモロジーは見え隠れするものの、人物はどこかあっけらかんとして時間の積み重なりを感じさせない。それが実は子ども時代の世界観でもあり、冒頭で呪術師のユナさんとタカシの別れが示唆されているのも、成長という点から見れば偶然ではないのだろう。島の日常を切り取ったという趣の「十字路のピンクの廟」が好きですよ。
 
近世の流行神 (1971年) (日本人の行動と思想〈17〉)
宮田 登
評論社
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流行神とは「一時的に民衆の信仰を集めた神」のこと。仏教寺院が幕藩体制に組み込まれた近代では、幕府や武士の特別な庇護下にない中小寺院は、経済的な理由からより民衆にアピールできる神を必要とした。また、民衆の間からも高まった社会不安(アノミー)に対応する様々な神が現れてくる。流行に寄与した民間宗教者の存在があり、終末観や世直し思想にも支えられて「メシア」を擁した運動にもなりえたが、流行り廃りの即時的な盛り上がりのもとでは大きな宗教的価値観(世界観)に定着しなかった。「流言」と合わせて考えたい。
のち『江戸のはやり神』と改題。
 
ピカルディの薔薇
ピカルディの薔薇
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津原 泰水
集英社
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おお、猿渡が作家になってる。伯爵もほんの少しだけ登場するけど、前と違って幻想味が強まっているので別作品と考えたほうがいいな。どの短篇も語りの巧みさと語りから語りへのスイッチの鮮やかさで魅せる。中でも、食にまつわる奇妙な世間話「フルーツ白玉」、幻のウクレレを巡る悪魔的な奇譚「甘い風」が印象に残った。どちらも締めの洒落っ気がいい。「新京異聞」みたいなこてこての幻想譚もよかったけど、個人的には酒の席で話されるような不思議で俗っぽい雰囲気のものに軍配が上がる。