8月第2週
短編小説を文学作品の枠内だけではなく、巷に生きるもの、生活の最もありふれた経験としたとき、短編は「短い話」となり、さらには語る人の人生が凝縮されたものを指すようになる。著者が「素晴らしきかな、短編小説!」と快哉を叫べば、当然ながらそれは人生の礼讃でもある。非常に洒脱な文学案内。菊池寛、落語、モーパッサン、チェーホフ、マンスフィールドなど読んでみたい。
なるほど、精読は大事。文章を味わうことが言葉の伝統を味わうことに繋がるというのはそうだろう。日本の文学伝統における男性と女性、散文と韻文、短篇と長篇、鴎外と鏡花……それらの二項も理解できる。しかし後半、あたりさわりのないコメントをつけて例文を投げっぱなしにするのはいかがなものか。精読を勧めているくせに全然精読できていないように思えるし、「自分の好みや偏見を去って」ドグマに陥るのを防いでいるのだとしたら、趣味が前に出て失敗している。ともあれ、精読の重要性、それと戯曲への注目は盲点だったのでそこは収穫か。
文章は感覚によるところが大きいので感覚を研け、と。そのため、日本人の感覚に即した日本語の特徴と、さらには品格についてなどを思い入れたっぷりに論じる。今にしてみれば素朴で曖昧だが、ここから文章読本の系譜が始まったことを考え合わせると得心がいく。個人的には文間の問題がすでに指摘されていたのが興味深かった。目次を見れば重要箇所が一目でわかるのは便利です。
京都青もみじ (SUIKO BOOKS 156)
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水野 克比古
光村推古書院
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短編集。ギリシャ悲劇を「移植」して悲劇と小説、ひいては運命に捕らえられた生を批評的に語る試み。しかしそういう建前的なところは別として、倉橋さんがここまで小説らしい小説に徹している作品を読んだのは今回が初めてだったために、後年の作品とはまた違った驚きがあった。中でも「向日葵の家」と「河口に死す」、特に後者は単品で読んでも心動かされただろうと思う。この作品の五感に訴えるようなエロスとタナトスの感触は忘れがたい。海から河、山、河から海と並んだ構成も、前後半の対応がある種の運命を示唆していそうで気になる。
なんというか本としてとても魅力的。旧字のこの版で一冊手元に置いておきたい。