10月第5週
ラフカディオ・ハーン―虚像と実像 (岩波新書)
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ちなみにこの本、ハーン神話がどれほど嘘まみれなのかということにかなりの紙幅を割いています。ハーン好きには厳しいかも。自分はハーンの思い込みの激しさや奥深い人柄に親近感を覚えましたが。
井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)
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井上 ひさし
新潮社
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心理学者と翻訳者によるシェイクスピアをテーマにした対談集。河合先生との対談となると時々カウンセリングにも接近しつつ、翻訳者の方の知識・情熱が深くて、二人の力量が釣り合った良い対談になっている。心理学を用いて読むとこんなふうになりますよという格好のお手本。「夏の夜の夢」は読んでみよう。
深海生物学への招待 (NHKブックス)
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日本旅行を種にしたロラン・バルト流の論考もしくは小説。変に真面目なだけにおかしみも生まれているんだけど、はっとする指摘も随所にある。個人的には河合隼雄の「中空構造」を思い浮かべながら読んだ。普通にどこに行って何を食べたとかも書いてくれたらよかったのにな。
あるいは、この大都会の深いところへはいってゆけば、というのは、建造物のちょっとした入口をはいると、たちまち地下となり、バーや商店が網の目のようにひろがっているのだから。地上のその小さな扉を押してしまえば、商売と娯楽との華麗で濃密な黒いインドがそこに出現する。
こういうのがもっと読みたかったですよ。
蛇足ながら指摘すると、p139の「手紙を書こうとしている女性」は、おそらく石山寺の源氏の間にある紫式部の人形。バルトにとっては「いっさいの典拠が失われているために」エクリチュールそのものと映るものが、実は人形(しかも日本的な文脈を膨大に持つ紫式部)であるということが、なにか象徴的に感じられる。まあバルトにとっては知ったこっちゃないだろうけど、その目に「表徴の帝国」と映った日本は、ただそれだけではないということも確か。
「山神山人のこの手のはなしは、平地人の腹の皮をすこしはよじらせる働きをするだろう」。山中の療養所に勤務する主人公は、昼休みに決まってトランペットを吹く老人に出会う。老人は遠野近郷で体験した不思議な話を語ってくれるのだが……。というわけで遠野物語をリスペクトした九話を収める。不気味さと艶っぽさが渾然となった話ばかりで、話が終わるごとに後味の悪さが残ってなんとなく釈然としない。一体この老人は何者なんだろうか、と気になっていると最後はきれいにまとめてくれた。清々しい読後感。「冷し馬」「水面の影」が良い。
三十年近く鉄砲撃ちをしていたという英文学者による狩猟エッセイ。タイトルは、ビールと一緒に狸を食べたら、その後二週間は体が狸臭くなったことに由来する。犬のことや鳥のこと、鉄砲や狩猟仲間のこと……もはや日本の山野は狩猟をする場ではないとして狩猟文化を振り返る筆致は、ユーモアをまじえながらほろ苦い。さらっと軽い文章なのにしみじみさせられる乙なエッセイだった。
鴨ははるか遠くに去ってしまった。あとには鴨がいた景色と硝煙の匂いだけがのこっていた。この景色のなかをこういう具合に鴨は飛んだのだ、と私は脳味噌のなかで反芻した。まだうっとりとしていた。