6月第4週

鏡花の怪談周りの作を集めたアンソロジー。本書を買ったわけではないのだけど、収録作品一覧を参考に全集から拾ってみた。以下メモ的に。

「おばけずきのいわれ少々と処女作」
鏡花信ずるところの「超自然力」について。鏡花の基本姿勢を知る上で必読のテキスト。
「夜釣」
釣り好きの夫が夜釣りに出かけたまま帰ってこない。女房子供が案じていると、あるものが家に現れる…。百物語にでもありそうなあっさりした怪談。語り口の巧さが光る。
「通い路」
自殺するために伊豆に来たと言いつつまったく深刻さのない三人の男。彼らの逗留する宿に、これも自殺しに来たのであろうと思われる女が現れる。色めき立つ男たちだが、ある日、夜になっても女が宿に戻らなくて…。男連中のひたすらに脳天気な様子とこの世ならぬ美人の対比。あるいは美しい水死体とその醜く膨れた足など、呑気なムードの中に不気味さが見え隠れする。
「鎧」
思い上がった若者が手痛いしっぺ返しを食う二つのエピソード。土地の言い伝えに遊び半分で手を出したところ、本物の霊異が現れて鼻っ柱を折られる。
「五本松」
金沢の魔所・五本松の怪異。現在は眺望の良さから観光スポットになっているとのこと。
「怪談女の輪」
オーソドックスな怪談。絵的にインパクトがある。
「傘」
金沢への里帰りを描いた紀行風の一篇。夫婦揃って雷を恐れる様子や、田舎と都会では傘の持ち方が違うといった細かな部分が楽しい。が、結末がオーバーで少し面食らった。
「露宿」「十六夜」「間引菜」
関東大震災の体験を綴ったエッセイ。特に重要なのは「露宿」で、特異な状況下でも崩れない幻視の姿勢が窺われる。まさに観音力と鬼神力。他、デマに対して冷静に処するところなども貴重な証言である。
「くさびら」
きのこについて。畳の縁に沿ってきのこが生えるなんて、今ではそうそう見れそうにない。
「春着」
紅葉門下のあれこれを綴っている。青春時代の思い出といった風で微笑ましい。怪談も少しある。
「雛がたり」
言わずと知れた絶品。歌のような文章がたまらない。
「城崎を憶う」
旅の思い出を綴ったあと、彼の地は罹災して瓦礫の山になったという結びが切ない。普通の紀行文だが面白いトリックがあった。
「木菟俗見」
ミミズクへの思いの丈を綴っている。あまり印象に残らなかった。これも後半は紀行文。
「黒壁」
丑の刻参りに遭遇した話。初期の未定稿とのこと。
「妖怪年代記
主人公が寄宿した塾には三つの血塗られた伝説が伝わっていた。彼は伝説の正体を見極めようと行動するが、実際に怪異が現れて…。これは素晴らしく面白かった。仰々しい怪談にわくわくさせられるし、吹き出すほど酷いオチも逆に愛しく感じる。鏡花の稚気が見えるよう。もっと読まれてほしい。→青空文庫
「百物語」
句会の一幕。化物を句に読み込んでいるうちに参加者一同怯えだす。
「百物語」(「雑句帖」中)
「黒壁」の文章の再利用。ただし自己反省的な一文がある。
「赤インキ物語」
凝った文体でよくわからなかった。
「春狐談」「一寸怪」
奇妙な味のエッセイ。ちょっと不思議な話を集めた感じ。ほっとする。
「『新選怪談集』序」「『怪談会』序」「妖怪画展覧会告條」
しかつめらしい中にもユーモアを忘れないのが鏡花らしい。
「除虫菊」(「身延の鶯」作中作)
本編との関わりは措いて、これだけ読んでも大層面白かった。なぜか運が傾いてきた作家の日々を綴ったもので、おそらく鏡花自身の体験を基にしているのだろうけど、出版社に原稿を突き返されたり安く買い叩かれたり、はたまた妙に胡乱な怪談会に出席したり、とぼけた味わいがなんともいえず良い。かと思えば最後に『草迷宮』を思わせる展開もあってほろりとさせられる。こういうのをずっと読んでいたい。
「柳のおりゅうに就て」
自作を演じる役者へのアドバイス。化物を演じるといってオーバーにすれば滑稽になるとの由。
「たそがれの味」
夜でも昼でもない黄昏の時間、その一種微妙な世界を書きたいとのこと。また、そういった中間の世界はあらゆる物事の上に存するらしい。
「怪異と表現法」
不思議を書くにも伏線を張るなりなんなりして用意を怠らないように。あまり突拍子がないものは凄味が薄れる。
「事実と着想」
事実に固着しすぎては着想が浮かばない、事実そのものからはある程度距離を保つようにとの由。これには深く頷く。
「旧文学と怪談」
古今著聞集、宇治拾遺物語、今昔物語、雨月物語が好みとのこと。理に落ちたような作や翻案物は好みではないようだ。
「古典趣味の行事―七夕祭と盆の印象―」
趣がある行事っていいよね、と。