山のこと

 山道をしばらく登ると道の両側に一本ずつ木が生えて門のようになっている。小正月の頃、そこから先に立ち入れば、味噌汁の匂いに誘われて山深くまで迷うことになる。身持ちが悪い者はそのまま帰ることができずに木になってしまうらしい。

 古い石切場のそばを通った。ハイキングコースからさほど離れていない場所で、由来を記した立て看板がある。曰く「かつてこの場所から麓の城を見渡すことができた」とのことで「一目の石場」と呼ばれる。ここから切り出された石は石灯籠に加工されて大阪港に置かれた。他の地方からも石灯籠が持ち込まれたが、強い潮風に吹かれても一目の石灯籠だけは崩れなかったという。

 峠を越える古道の中間の、下界への展望が開ける眺めの良い場所。「籠置き岩」という平たい岩があるそこは、登山客のひと時の憩いの場になっている。この籠置き岩は年に一度、花祭りの頃に、散った山桜の花びらに覆われる。地元の人間は今でもそれを「殿様が休んだ」と奉る。