眠りの淵で

眠りの淵で 映画が終わり グラスの水滴が流れて 伝わっていく泉に 手を浸す 深夜のこと 頬にスタッフロールは 逆さに雨となり 取り返しのつかない 早回しにも似て 繁茂した 森の奥に隠されている 戸を抜けて やがて幻と 影と溶け合うだろう そっと 水草を揺…

Incantation

Incantation 指に取った 灰を 目蓋にこすりつけるようにして 受け入れる覚醒を 外光が 青くあなたの胸に入りこむ 胸に幾筋の 線を流して 待っている――待っている 片方だけ裏返ったスリッパは まだ夢を見ていて ドアが 開けられるのを願う 外では 日に暖めら…

灯台

灯台 鳥の 輪を描くように 腕の中で時計を 守ってほしい 日に細かな気泡の浮かぶ ガラスの器に 首の折れたストローを挿して 二重になった影を 辿ってほしい 絡めた指先から 震えとともに 雨を奏でて しなる帆を 闇の赤に沈める 湾を 終わらせてほしい

束の花

束の花 淡い音 はなればなれに息 まぎれ 生い茂るものの朝 皺の寄った 星のスカートは どんな夢を見ている? 高空に静止して 流れていかない雲を つかもうとした 夏の花 削り取った窓に 首だけ出して あなたの物語を寿ぐ いつまでも いつまでも 時が声をひそ…

追想

追想 瞳を 置き去りにした 夢見ながら 止まった時を遡り 写真の中で あらわな通せんぼうをしている 視界は遮られ 鼓動は 手遊びのように 雑草のように 刈り取られると ぶら下がった足を揺らし 木陰を作ったかと思えば 緑が覆う 水面に明るく 漂う花を 上手に…

夏型

夏型 蝶が 土にたかり 互いの喉に触れ 青い夢を見せる 幾度もの成熟 生まれ変わりを 軌跡を描き 焦がされている 羽が また地面に落ち 辿りつけない木陰に 終わらない あなたが死んで 永遠が 死んで永遠が 生きながら この喉を 青い夢を見せる 終わらない 羽…

供養

供養 怖い夢から目を覚まして 私たちは古い座敷に 手紙を持ち寄っていった 食事の支度をしたり 庭の草むしりをしたり そうやって日々を過ごすことが 供養になればいいと 言葉少なに話した 遠くで木立が揺れて 冬の南天が色づいている 誰が忘れたわけでもない…

31-35

ゲリラ豪雨 ゲリラ豪雨 突如として大量に降る雨を 奇襲を行う ゲリラにたとえている 曇り空とともに雷鳴 合戦の予感に 鬼瓦は 武者震いに震える 地獄 川で冷やしていた西瓜が ぱっくりと割れて 下流は血まみれになる 子供らは群れ集って それを飲む 残念な人…

悪所

悪所 いたるところで 青い火が燃えている 人を探しにきたのに こんな悪所に迷いこんで やっぱり座敷を 出なければよかった 険しい山道を 足さぐりで進み 骨の橋を渡って 廃寺を通り過ぎる 火はいよいよ燃えて 前にも後ろにも 気づけば上下にもある あの中で…

竹取

竹取 竹藪は真夜中 地面を這うようにして 皿の破片や 古銭を拾い集めていると 突如として 立派な竹に行き当たる 触ると不思議に温かく 内からはほのかに光が漏れている これは伐らねばなるまい 伐ってこの中に 姫君がまだ生きているか 死んでいるならどんな…

お玉

お玉 庭で武将が跳ねまわっている 敵が来るから加勢しろという 大慌てで縁から出て どうすればいいのかと聞くと とりあえず今日のところはこれで 火を消すのだ、とお玉を渡される 見れば裏の家が燃えている 家が燃えているのに お玉はないじゃないか、と文句…

叫び声・帰れない

叫び声 林から叫び声が聞こえる 木を割いたような声である お客は驚いて あれは何だ 何が叫んでいるんだ と尋ねてくる いいえ 鶏を潰して いるだけです 控えめに答えると お客は安心した様子 麦茶など飲んでいる 少しやましく思うが たしかに鶏も潰している…

料理・廊下

料理 次から次へと 運ばれてくるお膳に 手をこまねいていたら 古いものから順に 下げられていくので あれはあとで 女中が手をつけるのだろう などと静観している ところが顔役によると あなたが食べないので 料理人が責任を取って すべて食べるのだ というの…

26-30

狐 あなたは指で狐を作る 狐の唇が 狐の唇に触れる 百年が過ぎて そっと離れる お盆 先祖が帰ってきて タクシー代が払えない というので 立て替えておく 水にふやけた うどんのように お盆が過ぎていく 税金 壁の向こうで 誰かが話している 税金のことらしい…

21-25

断水 ペットボトルで 金魚を飼っている男が 近頃は断水が多くて ままならないという 言いながら口をつける そのボトルの金魚が 今飲まれるか 今飲まれるか 気になって仕方ない ソルティ・ライチ 日が暮れて 大勢の人が家に帰った 私たちは研究棟を出て 砂浜…

11-20

誤訳 セミ かと思ったらエビ 枝にたくさんの甲殻類が 困っている 幽霊 雨が降って 図書館は水びたし 人々は閲覧室で 「メディアは戦争に」 「どうかかわってきたか」 議論する 世界はつながっている 月が落ちると どこかで首が落ちる 水槽に毒を溶かすと 呼…

1-10

坂の多い 港湾クレーン 墓石に白と赤の花が飛び交う 魚の影 これは雨 とは言わなかったが深緑 の海の底でシャワーを浴びる 人魚の群れ いずれ死ぬ花と骨の埋没 手紙を結ぶ 駅から 山の手に上る道 建物に入れば建物から出る 犬には 餌をやらない 演劇 青いビ…

桜の樹の下には

桜の樹の下には雪が埋まっている 焼け残った桜の樹の下には 百年前の粉雪が いよいよ冷たく固まっている ほのかに白光を帯びて 樹の根とたわむれ 黄泉と混じり合い はるかな夢にまどろんでいる 時には地上に浮き出たそれを 人がすわぶり食らうこともあるが …

訃報

郵便が届く 土間には闇が煮凝っている 突然降り始めた雨が 突然止む いつでもそのようにして 決定がなされる 封をした血 もしくは黒い布 もしくは蛇の地図 砕けた枯葉 ばらばらの指 ばらばらの首 ばらばらと雨の音 花たちばなは井戸の底で 浮いたり沈んだり…

道切り

女が鳥居で首を吊っている わたしはそれをくぐって行かねばならない ふらふらと風に揺れる足を押すと 垂れた髪の間から睨みつけてくる おれはここで道を切っておるのだ おまえは何の因果があるのだね わたしは答えられないでいる たぶん何かの用があって行く…

「五月闇」抄

ここで崖が崩れたことがあった 大勢が土の下に埋もれてしまい まとめて葬式を出すことに決まった それにはとむらいの家の数にだけ 茶碗をかけらに砕き 使者に持たせて知らせとする 各家がかけらを持ち寄れば 全き一個の茶碗ができあがる そうやって儀礼の場…

この畑では猿を作るという 春のある朝 まだ暗いうちに 大根のような葉を茂らせた畑から 泡の弾けるがごとき音を出して 猿が飛び出る 猿が土から勢いよく 無言で かつ しかめつらをして 農家はそれを収穫するでもなく 飛び出た猿がただ 空に浮かび上がって消…

竹林

ちょっと一曲流していってくれと 手を引かれた先にはいかにも豪農風の屋敷があり その内庭といおうか畑地といおうか 平らにならした広場にはすでに人が立ち集まっていた 聞けば数十年に一度の祭りの前祝いということで 今日ははなればなれの親族が集結し 当…

りゅうぐうのつかい

りゅうぐうのつかいを飲んでしまった 寒天のようだったから つい つるつると飲みこんでしまった せっかく遠いところから来てくれたのに まさか飲んでしまうとは と 母屋の人たちは驚いている わたしも驚いている とにかく体に水を足してやらなければいけない…

追放

かかとの痛みで目を覚ます 起き上がって見ると 猫がかじりついている しっしっと追い払う そしてまた夢に戻る 夢の中でわたしは井戸のそばにいる これから家に帰るところで 桶を抱えて立ちすくんでいる 早くしないと夜になる…… うだうだしているうちに 村の…

つづら

おおきなつづらを背負っている つづらを背負って鳥居をくぐる そこにまっ黒い小坊主が寄ってきて その中には割れた茶碗が入っているんだろう ぎっしり詰まっているんだろう と にやにや笑いながら言う にやにやにやにや笑っている わたしはかちんときて そん…

鬼に聞いた話

あそこらへん ほら 崖にでかい南無阿弥陀仏が彫られてるだろ 何百年も前から難所でなぁ 道が狭いっつうのもあるんだが 化けものが出るとか出ないとか まあ昔から危ないところなんだわ 五十年前にもあそこで 規模の大きい土砂崩れがおきてな 汽車が埋まったこ…

お好み焼き

お好み焼きちょうだい と声かけて 奥からハーイと生返事 大丈夫かなぁと思いながら しばらく待っていれば 窓の外に山が見える 頂上はきれいな銀灰色 杉の梢は空高く 引っ張ればぼろっと落ちそうだ と見る間に車椅子が転げてきて いやあれは乳母車かな ごろん…

板が立てかけられているところに 通りがかって横目で見ていると いい板だよ と呼び止められて いい板なら とその気になった でも板なんか買って どうするんだろう 黒い油が浮いた板なんか 壁にもできない 橋にもできない 舟を作って川も渡れない 川向こうに…

河骨*1

井戸の底で まだ生きている 長いこと閉じこめられていて 名前もわからないけれど 冷えきった水の底で 蛞蝓のように生きている ときおり蠢かす腕が 水のおもてに波を立て 波音がうつろに響く 戸を一枚隔てた地上では 男や女が踊っており その声が いびつな誘…