茅の先

茅の先から男が来る まるで漂うように歩いてきて 魂がないのかとも思う と目の前で立ち止まり おまえか と問うので そうだ と答えると 光るほど尖った釘を 喉に突き刺してくる あまりの痛さに涙が出る しかし喉を一突きされたので 悲鳴のひとつも上げられず …

漂流

濡れた渦の中で きみは肉を剥がされながら ときどき白い骨を見せたり おこりみたいに頭を揺らした 真青な氷が流れ着くと それをまるで飴であるかのように 右の頬から左の頬へと 移しかえたりした 今そこにきれいな墓がある 誰も行かない 花も咲かない

夜猟

夜毎、猟に出かける。 温かな寝床から抜け出て、坂を上り、町とは反対方向の道を歩いていく。道の脇には一定の間隔をあけて遺構のような井戸があり、そのどれもがとうの昔に干乾びてからからだ。ごうつくばりな先人が霊水をすべて飲みつくしてしまったらしい…

にて

岩屋には おおぜいの人がいて 味噌汁を吸ったり 臍を見せ合ったりする 這いつくばり 地の底の音を探る 切り揃えた指を ひらひらと舞わせ 小さな声で 蛾のように話す そんなときにふっと ともし火が灯る 明かりのもとでは 死人の胸に 濡れた癌が浮かび上がる …

賽の原

焼かれている途中で 目を覚ます こともあると語りあった後 夜にかけては 怒った牛の悪魔になって 土中から きれいな骨を選り分ける ひとつふたつと 数えていけば 釘で書いた字のように 細い身をよじらせて泣いたり 歌ったりしているのが ここにも幸せはあっ…

探幽記

昼の熱が首に残り 薄もや漂う台所に下りていく 流しに秋刀魚が落ちていて しくしく泣いているので そんなに泣いても だめだよ 焼くよ、と断り 包丁の先導で 地獄を歩かせると 頭から尾までまったくの 美しい焼き魚になる それを仏間に運ぶ 待っていると 誰か…

なんこつ忌

子供が川に流された 何日探しても上がってこないので 親でさえも諦めていた頃に 川下で漁師の網にかかった 肉はきれいに削げ落ちて やわらかいなんこつになっていた それらを木屑や藻から選り分けて ガラスの骨壷に収めると 光の加減によっては薔薇色にも こ…

五月やみ

日が暮れてじっとしている 湯をわかして人を待っている 風呂桶の底にあめふらしが一匹いて 熱い湯に蠢いている どころか、よく通った声で ろうろうと詩など吟じて 時折、思い出したように声をかけてくる 猫をどこかにやるべきだとか 畑の手入れがなってない…

奥座敷

めしを湯飲みに詰めていると 襖のむこうから男が来て 大勢待っているんだから と できたはじから持っていってしまう 躍起になって熱いめしを 次々にしゃもじでよそいつけ もう塩をふりかける暇すらない こんな山奥に連れてこられて 一体いつまでこうしている…

斎のあとで

土間に行く 足の裏に冷えた空気 石を渡ってゆくと 人が追いかけてくる 首を絞めようとするので 猫をけしかける ぺたぺたと渡ってゆく 水をこぼさないように 名前を呼ばれないように 縁を出る 庭は荒れている 井戸も枯れていて 水をこぼしてしまった このとき…

ancient breath

わたしは小さな息をしたい 冬や夏の海に偶然生まれる淡い気泡 の中で発熱するみなもとのものたちのあいだで ためらうように交わされた言葉を書き止めてゆく いにしえの風を身体に流れる海に通して わたしは小さな息をしたい

海月

とろけながら流れの中に 水に住んでいると きみは言う しなやかに背骨を吐いて 冷たい皮膚が裸で 遠く鳴り響くエコーに たましいの在り処を知る くりかえし欠けた月を はるかな満ち引きを 滅びとともに感じ 想いをこの世の外へ 辿りつく場所へ運ぶために 透…

いま この世の繋ぎがほどけ 地へと通じる道を 伝う喉をかたく折り合わせ いま 未明の花に閉ざされた 裂けた房と房とを結びつけ 心臓に触れたものが皆 刹那の崖に崩れると 光を無限に散り尽くし いま 影を連ねたいくつもの きらめく傷をまとい 脈によって縛ら…

山のこと(2)

南斜面に一部、平らな土地が広がる。かつては藩の御成敗所があった場所で供養塔が残されている。昔日は川が流れて、そこは川原だった。御成敗の終わった罪びとはそのままの姿で川原に晒された。 御成敗のあった夜は決まって妙なことが起きた。罪びとの血を吸…

山のこと

山道をしばらく登ると道の両側に一本ずつ木が生えて門のようになっている。小正月の頃、そこから先に立ち入れば、味噌汁の匂いに誘われて山深くまで迷うことになる。身持ちが悪い者はそのまま帰ることができずに木になってしまうらしい。… 古い石切場のそば…

猟場

付け根が熱くなってくる。ここから月の国を夢見る。風が止まるまで、エンディング、なら歌えるよ。アカシア。ほら今過ぎた。血を滴らせて、涙でびしょぬれになって。食おうとする。付け根が熱くなってくるのがわかる。アカシア。アカシアの矢が刺さる。

夕星

のぼったりおりたり美しい木の上に火を上げた。たくさんの黒を持つとか、紐を結びつけるとかだった。炭で強くしるしをつけたところに虫がわいて、房のなかに指を通した。花が咲いた。橋のまんなかを「オーイ・オーイ」が通ると、上手に散らして星を見るとい…

十二

砂場に火を落とす がれ山から青鬼がやってきて 拾えとめいれいする めいれいが手を繋いで らんらんと目を光らせて やってくると また会おうねと言って笑う 美しさが黄色い (イノチをさらに繰り返す) 火はもう消えたのか 闇の原で輝いているのかいないのか …

再会

百年前の水が流れて あなたと呼ぶと アナタトハダレノコトカシラ はるかに響く 儚い交叉があり 骨ばかり巡らされた枝の下を 透きとおった踵で走り去る 白いかさねを着た花芯が 十字に別れを繰り返し 伝ってゆく道行きの身体に 手を伸ばした先には 海と呼ばれ…

水のように

菫を踏んで井戸に出て むこうからこぼれる人を押さえる 押さえた腕が濡れてくると 泣いているんだ と気づく いくつかの涙の粒が草にかよっていて 昼の庭でくるくると巻かれながら 湿った雲が頭をかすめていく 葉に浮き出た錆を流すように 水のようにゆらめい…

笹舟

流しにゆくのですか と聞かれ 流しにゆくのです と 暗がりに火を灯しながら おそるおそる坂を下ってくると 柳の下に店が出ていて ちりちりと風鈴を鳴らしている これはどうですか と 差し出された笹の葉には 赤や青で何か書かれており もうこの目では見えま…

肖像

いつもは窓があるところに 今日は絵がかかっていて それを通り抜けると灰色の部屋 まんなかにちびた椅子があるだけで ドアノブも花瓶もない 元いたところに戻ろうと うしろを振りかえれば こちらをじっと覗く人 しかたなく他人のふりで座り じっと睨みかえし…

車輪

あの鳥も あの鳥も みんな夜にはカラスになって うすぺらい車輪を廻す 廻る車輪のなかで火が ぼうぼう ぼうぼう きのうより暗く燃えている

タイアイシャ

タイアイシャ 君は咲くだろう 窓の下のスノードロップ つめたくわだかまった夏や ほかの君の友だちといっしょに 君は咲くだろう 何度も傷をこしらえて その傷口にうずくまるだろう 花の名の鳥 指先を飛び去っていく影 憶えているか、タイアイシャ 雪解けの一…

岩団扇

大雨で水びたしになった藪の 玄関と云おうか山門と云おうか とにかく入り口のようになっている そのべっとり朱色の鳥居をくぐり 急な石段を登ってゆく ざぶざぶと流れる水が脛に冷たく 苔に滑ってずり落ちそうになるのを必死に 踏み堪えて上を見上げてみれば…

我楽多

たわんだ梯子を昇った先に いつしか封じられた祖父の部屋があり 年代ものの楽器や、洗濯ものに埋もれた格好で まだ生前の祖父がじっと 古い謡曲集をめくっていた おやひさしぶりですねえ、などと 軽く挨拶を交わしつつ我楽多を こんなところにいいものがあっ…

狐の剃刀

子供が三、四人か集まって ぎらぎら光る石を中心に 右に行ったり左に跳んだり 遊んでいる脇をすり抜けて 山際の道をさらに奥処へ進むと 途中から分かたれた黒土の 砂利も敷かない私道があり 赤錆びた機構や焚き火の跡が あおぐらい蔭に沈んでいた すぐさま地…

anthology

霧のたちこめる暗闇に ただ涯てしなく絶壁が聳え かつて上を目指すものはなく 落ちる礫さえひとつもない その中腹に穴があり 洞から漏れる光があり 何者かアモルフの影が 浮かれ踊る影法師が 空もなく地もない闇へ たらたらと溢れ出るばかり わたしはそれを…

胡桃

土から掘り出した胡桃をざるに上げると 潰れたのや、芽の吹きだしたのがあって だめになってしまったものを除いて また土に埋めた 夜、落盤のほうからきた何かが しばらくこのあたりをうろついて むこうの辻で仕留められたらしかった 朝になると墓が増えてい…

千羽、他二篇

千羽 鶴を折ってくださいと頼まれたので折紙を机の上に束ねておいた。深夜、ふと目覚めて布団から顔を出すと、着物を着た女の子がせっせと紙を折っている。暗い中で折るのは大変だろうと手伝いを申し出たが、彼女はこちらをキッと睨みつけて、しなくていい、…