五月やみ

日が暮れてじっとしている
湯をわかして人を待っている
風呂桶の底にあめふらしが一匹いて
熱い湯に蠢いている
どころか、よく通った声で
ろうろうと詩など吟じて
時折、思い出したように声をかけてくる
猫をどこかにやるべきだとか
畑の手入れがなってないとか
聞いていると、そうかもしれないと思う
でも、違うんじゃないかとも思う
そうこうしているうちに湯から上がり
おまえはこの話を知っているかと
にやにや笑いながら話しはじめた
知っているもなにも、あめふらしの言うことだから
知っているはずはないのだけど
口ごたえして怒らせてしまったら
どうなるかわからない
黙って耳を傾けた


むかし
このあたりで崖が崩れて人が大勢死んだ
埋もれて手がつけられないありさまだった
それで、まとめて弔いを出すことが決まり
縁者に報せを届けることになった
茶碗を死者の数と同じだけの欠片に砕き
それを使いに持たせる
報せが届いて縁者が集えば
欠片も揃うことになり
全き茶碗がひとつできあがる
そうやって弔いの場を設けるのだ
だがいざ葬式の段になると
欠片がひとつ足りない
どうしてもひとつだけ足りない
どういうことかその場の誰に尋ねても
どの家が席を断ったのかわからず
使いを質しても判然としない
みな不思議な面持ちで
儀式を終えた


得意気に話すのが憎らしい
大体、あめふらしがどうしてここにいる
こんなものを住まわせた覚えはないし
ただ人を待っていただけだ
だんだんいらいらしてきて
寝巻きのまま外に飛び出した
空気は生ぬるい
五月の闇に輪郭がぼやけて
夢の中を歩いているようだ
と気づくと道のそこらじゅうに
ぬめぬめしたあめふらしが這っている
足の踏み場のないほど
憎いあめふらしが這っている
もうどうにもできぬと悟り
立ち尽くした