叫び声・帰れない

叫び声

林から叫び声が聞こえる
木を割いたような声である
お客は驚いて
あれは何だ
何が叫んでいるんだ
と尋ねてくる
いいえ
鶏を潰して
いるだけです
控えめに答えると
お客は安心した様子
麦茶など飲んでいる
少しやましく思うが
たしかに鶏も潰しているのだから
嘘ではないし
そう思ってもらったほうが
あとあと為になる
この世で聞いてはいけない声
というものがあるのだ

 

帰れない

押入れに入れられて
もうずいぶん長くなる
ときどき遊びに来るねずみに
爪をかじらせてやったり
みかんを潰したりしているうちに
骨の浮いた老婆になってしまった
これではいけないと思う
これではいけないと思うので
押入れを出て
近くの池に泳ぎに行く
体を清めるついでに
親戚まわりなどしてみる
ひさしぶりに会う叔父や叔母が
すっかり生きているようではなくて
長い時間が過ぎたのだ
戦争が五つも六つも過ぎたのだ
ということが卒然と理解されて
まことにおそろしくなる
裾をからげて家に帰る
でも家はない
家はもうどこにもない
戦争が五つも六つも過ぎる間に
燃えてしまったのだ
長い長い時間が過ぎたのだ
女の子が老婆になるほどの時間が