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 あれは小学校四年生の頃だったと思う。
 季節はちょうど夏の始まりで、夏休みまでもう何日もなかった。折からの雨が上がり、ようやく梅雨空に別れを告げた僕らは、「怪談ブーム」に夢中になっていた。
 怪談と仰々しく言うけれど、それは小学生向けの一時的な流行で、ブームが一年かけて都会から田舎に伝わってきた頃には、本格的なシーズンを目前にしているというのにすでに終焉の兆しを見せていた。それでも図書室の「学校の怪談」系の本はいつでも貸し出し中だったし、梅雨のさなか、普段校庭を遊び場にしていた僕らは行き場をなくして、教室で各自が仕入れてきた怪談を披露しあった。
 M君もその中の一人だった。
 M君のことはあまり覚えていない。
 たしか数年前に宅地造成された新興住宅地に越してきた「よそ者」で、昔からこの地域に住む人々──親連中──は彼らにいい印象を持っていなかったように記憶している。だけど子供のあいだではそんな大人の事情とは裏腹に、面白くて受けのいいやつは相応に人気を勝ち得て、すんなりと遊びの輪の中に加わることができた。そしてM君はわりと面白いやつだった。
 その日は授業が早く終わり、何人かの怪談好きの連中が、放課後の暇な時間を教室で過ごしていた。いつものように一人が怪談を披露して他は聴衆に回るスタイルで、聴衆側は話が終わったときになってやっとコメントすることができる、途中でちゃちゃを入れるのはなし……というのは建前で、実際は話を終える前に誰かが突然「わっ!」と脅かしたりして笑いが巻き起こるのが通例となっていた。
 ただその日はなんとなくみんなやる気がなかった。
 雨が上がったのにまだぬかるみの残る校庭で遊ぶのは許されておらず、なにより怪談にはそろそろ飽きがきていた。小学生の話す怪談なんてどれも似たり寄ったりだ。トイレの花子さんや理科室のガイコツ、真夜中に人知れず増える階段に二宮金次郎……そういったお決まりの「学校の七不思議」と、少し気の利いたやつは自作の怖い話をたどたどしく話すことはあったが、これではさすがにバリエーションが少なくなってくる。
 そこで僕らはM君に白羽の矢を立てた。彼だけが怪談を披露していなかったのだ。
 最初M君は笑ってはぐらかそうとしたが、彼なりにその場の雰囲気を察したのだろう。無理に断って白けさせたら、それまでに築き上げてきたものが崩れてしまうことになりかねない。それは望むところではなかった。
 M君は笑みを浮かべた曖昧な表情で話し始めた。