高台の公園からは街の全景が見渡せた。十年ほど前に着手された区画整理のために街は妙に丸く、整った形の中をくねくねと電車が走っている。街の右から左に抜けていく電車を、僕は大きなムカデが果実を食い進んでいるように感じていた。
 姉はその電車に乗って郊外の会社に通っている。印刷を扱っているらしいが仕事は多岐にわたり、最近ではなぜか園芸資材やキャラクター商品を卸したりしている。一度姉の紹介で社長と会ったことがあるけれど、田舎の人にありがちな、豪快で気立てのいい人物だった。今住んでいるアパートは親のいない僕たち姉弟を見かねて社長が世話してくれたのだ。
 午後七時。すでに日は沈み、地面から立ち上る昼の熱と夜気が混じりあい、あたりにはさわやかな芝生の香りが漂っていた。街では夕げの匂いに誘われて犬が吠えている。一匹が吠えるとつられて二匹目が、さらに三匹目が。
 吠え声に急かされるようにして映写機の用意をする。父が遺した古い十六ミリ映写機で、シンプルで美しい作りの、持ち運びのできる頑丈なものだ。映像は少しぼやけるけどまだまだ使える。それと光源などの機材と小型スピーカー。フィルムの入ったケース。
 公園に併設された郷土資料館の壁をスクリーンにする。電源も資料館から拝借──といっても管理人氏の全面的な好意によるもので、映画好きな彼もたまに訪れるが、ここ最近は体の調子が思わしくないとのことで姿を見せなくなっていた。実はフィルムも彼の膨大なライブラリーから借りているのだ。
 人が集まってきた。滅多に十人を超えることはない。三、四人ほどの常連と、あとは噂を聞きつけた一見が数名。常連の老人と雑談していると、姉がこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。僕は小さく手を振り返し、映写機のテストを開始する。ぱっぱっと白い光がスクリーンを照らす。次にフィルムを装填して冒頭を確かめる。問題なし。準備は整った。
 夜空には金魚のような月がぽつんと取り残されている。さっきまでうるさく吠えていた犬の声はもう聞こえない。息をひそめて、誰もが映画の始まりを待っている。
 そして映写機は、カタカタと規則正しい音を立てて動きはじめた。