7月第3週

影を踏まれた女 新装版 怪談コレクション (光文社文庫)
岡本 綺堂
光文社
売り上げランキング: 171987
怪談会で話されたものを「青蛙堂鬼談」としてまとめたという体裁をとった短編集。中国志怪の翻案も混じっているらしいが、本邦流に咀嚼されて、怪奇に江戸情緒を取り混ぜたものと見るのがいいだろうか。過ぎゆく時への愛惜を読み取るなら実は結構泣けるのかもしれない。集中でのお気に入りは、人情に艷めいた雰囲気の漂う吸血鬼譚「一本足の女」、解明されない事件の不気味さが後を引く「寺町の竹薮」。どこをどう辿ってきたのかあやふやな因果がひょっこり怪異となって現れ、束の間の戦慄を残してまた消えていく。その前後の闇の深さが怖い。
 
白髪鬼 新装版 (光文社文庫)
岡本 綺堂
光文社
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岡本綺堂って初めて読んだ。もっと堅苦しいものを想像していたら意外とすんなり読めてびっくり。近世から昭和までの実話怪談を集めたという体裁の短編集で、特に江戸時代が舞台の話が素晴らしい。集中でのお気に入りは、沈鐘伝説の真偽を巡る「鐘ヶ淵」、関東大震災下の一幕「指輪一つ」。どの話でも怪の論理は直接的に明かされず、さながら暗い穴の中でのたくる蛇を見たような気分になる。人の認識の外で何か恐ろしい事態が起きている感触があり、南條竹則の「あの世はどこがどうつながっているかわからぬ」という言葉が思い起こされた。
 ネットを視野に入れた社会心理学の教科書的テキスト。この分野には疎いので大変参考になった。拾ったキーワードを手がかりに読み進めたい。
自己呈示、マスメディアが人々に及ぼす影響(議題設定理論、培養理論)、多様で等質でありながら極端に異質化する可能性を持つネット、不安と好奇心に支えられた予言、ケータイの影響(簡便化、直接化、常態化)、ツールの影響の方向性は使用者の状況に依存する、災害時におけるネットワークの多重性の必要、悪い口コミは強力、バラエティやワイドショーは「おしゃべり」を提供している、パーソナル・コミュニケーションの重要性、ネットと政治。
無理にまとめると「多様性と等質性を特質に持つネットは使う人間によって様々に変化しうる。その上で情報発信側にもなれるネットをどう使っていくか」ということかな。こう書くと身も蓋もないけど。ネットは多様性と等質性を持ちながら極端に異質化する可能性があるというのは、今村仁司の第三項排除理論を思わせる。ここらへんも見ていきたいところ。
 
竈神と厠神 異界と此の世の境 (講談社学術文庫)
飯島 吉晴
講談社
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家屋に表と裏の概念を導入し、神棚や仏壇に祀られる公的な神と、台所や納戸や土間に祀られる私的な神があるとする。本書では精霊的な裏側の神を論じる。家の内なる異界を象徴するこの神は、様々な儀礼や民譚と結びつき、年中行事や農耕・人生儀礼といった生活の具体的なところに関わる機能神の性格が色濃い。共通するのは異界とこの世の媒介者であるという点で、境界を司る性格ゆえに時間や秩序の更新に関わってくる。現在では廃れてきているとはいえそこから古人のコスモロジーが垣間見えるのは面白い。共同体の外だけでなく家の中にも異界はある。
共同体の外、また家の中にも境界越しに異界を見るというのは、つまり境界の設定と異界の発生は人の恣意に任されているということである。いわゆる「鰯の頭も信心から」。これは一面の真理ではあるだろうけど、あれもこれもと境界に関係させて論じるのは若干の危うさも感じるな。あと本筋ではないが柿は垣(境界)に通じるというのはなるほどと思った。
 
夜の子どもたち
夜の子どもたち
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芝田 勝茂
パロル舎
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若き心理カウンセラーのもとに登校拒否に陥った5人の子どもを治療してほしいという依頼が届いた。彼はカウンセリングにあたるうちに、子どもたちの体験から町の「夜」の存在を知るのだが……。うーん、天沢退二郎っぽいとのことで読んでみたが期待はずれだった。台詞があまりに説明的で不自然だし、臆面もなく「みんな仲間だ」と言ったり、主人公が子どもたちに「兄貴」と呼ばせたりというのが随所にあって、どうもファナティックに感じてしまった。あと夜の神秘性を散々持ち出しているけどまったくポエジーが足りてない。煽りを前に入り込めず。
 学校の怪談研究の端緒となった論集。といってもそれ自体は口承文芸の流れで発見されたものなので、どちらかというと伝承や俗信についての論に多くページが割かれている。全体的に構造に引きつけた論調で、ある出来事に対して人がどういった理路で解釈を行ない話を作ってきたのか、その心の有り様が問題とされる。学校の怪談を含む世間話のパートはわかりやすくまとまっていて(先に後続の論を読んだこともあるが)のちの展開を思わせる。カラス鳴きや虫の知らせといった予兆譚には信じたいものを信じる心性が率直に見て取れて興味深い。

うわさはつねに信じられることを前提に広まっていく性質をもっている。その意味では、うわさは心のどこかで期待し信じたいことの露呈なのである。