11月第4週
クルミわりとネズミの王さま (岩波少年文庫)
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『本当はちがうんだ日記』に「精神科医のK先生」の奇矯なエピソードがあって、もしやと思っていたらやっぱり春日武彦だった。春日先生の関係者ということなら穂村弘の偏屈さも納得できる。この本はそんな浮世離れした二人が人生の様々なキーワードをテーマに対談するというもの。相当にハイレベルな居酒屋会話を聞くようで楽しいけど、なぜか読む端からこぼれ落ちていくのには困った。時間が経ったら再読したい。
巻末の煩悩108コンテンツリストで両者が共通して挙げたのは「散歩」。そうかぁ、散歩は楽しいよね、うんうん、よくわかる(笑)。
システムに風穴を開けて活力を呼びこむのが笑いである。嘘やフィクションも同様。しかし一神教的な考え方が日本に広がるにつれ、笑いと社会の関係に無理が生じている、云々。まあなんにせよ笑わないとやってられないですよね。小説の場合、作品や生活への批判精神(批評家の目で見ることができるかどうか)がないと笑いは生まれない、というのは気に留めておきたい。
肩肘を張らない優しい語り口の対談。心理療法家と小説家が「物語」を扱うことにおいては基本的に同じであり、ただアプローチの仕方では異なるのがよく理解される。受け止めて寄り添うか、それとも文字で出力するか。他にもいろいろと示唆深いけど「矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される」という部分が特にヒットした。読み終えてあらためて河合先生の写真を見るとこみ上げるものがある。お疲れさまでした。
ウィリアム・モリスの楽園へ (ほたるの本)
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研究というより鬼の話を渉猟して著者の持つ鬼像を描き出す試み。土蜘蛛や盗賊や天狗など、鬼の姿を付された者は体制にまつろわぬ性格を持ち、封建制の世の訪れとともに体制的秩序の中に衰微していく。後半の「般若」と般若心経を引きつけて論じた能論はなかなか凄まじかった。斎明天皇の葬送を見送った鬼族、ならびに『更級日記』に見える足柄山の遊女のイメージが陰々と頭を離れない。