7月第3週

スペードの女王
骨牌勝負の秘法をめぐる物語。秘法を知る老婦人に取り入ろうと主人公ゲルマンは画策する。やがて娘を通じてそのチャンスが訪れ…。ゲルマンの性格は後年のロシア文学に影響が大きいとのこと。それと一点、亡霊出現の前後に誰かが窓を覗くのがなんともいえず不気味で良かった。
「その一発」
軍隊生活のさなか、駐屯地である射撃の名手と知り合う。聞けば彼には決闘にまつわる過去があるようで…。名誉に受けた疵は名誉によって贖われる。その復讐心を長年持続させたというのが怪物的で心寒い。個人的にはゲルマンよりこちらのシルヴィオのほうに惹かれた。
「吹雪」
ほとんど駆け落ち同然で結婚に臨んだ男女だが、式の直前、吹雪に道を阻まれてしまう…。運命のすれ違いが最後には正されるのだけど、よくよく考えると取り返しがつかないし、果たしてこの二人はうまくやっていけるのだろうか、と変に気になる。
「葬儀屋」
葬儀屋が不注意に口にした言葉で身の毛がよだつ出来事が生じる。グロテスクと笑いが混じりあった素朴な話。なんとなく民話の匂いが漂う。
「駅長」
ここでいう駅とは宿場のようなもので、語り手が昔立ち寄った駅が後年落ちぶれた理由が語られる。作中の放蕩息子のエピソードと娘が出奔した(かどわかされた)顛末が並ぶことで、苦い結末が引き立つ。あと怒りのあまり投げ捨てた紙幣を取りに帰るのが情けなくて泣ける。しかもすでに拾われてどうにもならない。なにもかもが戻ってこない。
「百姓令嬢」
家同士が犬猿の仲にある二人の恋の話。といえばロミオとジュリエットだが、こちらは機知に富んだ策略を交えてユーモラスに進む。ギャップ萌えがここまで威力を発揮するとは。また、ロシアの上流階級の家同士の交流も垣間見えて面白い。『ベールキン物語』がこの話で締められたおかげで幸福な読後感が残る。

 

灯台鬼 (文春文庫 (282‐6))
南条 範夫
文藝春秋
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「子守りの殿」
戦乱の世にあって何かを愛さずにはいられなかった男たちの姿を描く一篇。犬、子供、菊花と、それぞれ愛するものは違えど通じ合う共感の心に、読んでいるこちらまで目が潤む。自分が読んできた中でもこれほどまで直截に心に響く物語はないかもしれない。