束の花

束の花

淡い音
はなればなれに息
まぎれ
生い茂るものの朝
皺の寄った
星のスカートは
どんな夢を見ている?
高空に静止して
流れていかない雲を
つかもうとした
夏の花
削り取った窓に
首だけ出して
あなたの物語を寿ぐ
いつまでも
いつまでも
時が声をひそめて
この詩が土に
還るまで

 

9月第1週

最期の九龍城砦 完全版
中村 晋太郎
新風舎
売り上げランキング: 289007
九龍城砦ははじめ清朝の砦として生まれ、アヘン戦争によるイギリス・清朝の政治的混乱から一種の主権空白地となって難民が流入した。無計画な建設のために街路は増殖し、最盛期には5万人の人口を数えたという。本書は強制退去後を撮したものであまり生活感はない。また、香港返還を前に公園として整地された姿も収める。
 
緑金書房午睡譚
緑金書房午睡譚
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篠田 真由美
講談社
売り上げランキング: 451640
高校を休学中の木守比奈子は、父の渡英の間、遠戚が営む古本屋「緑金書房」に居候することになる。本が好きな比奈子は張り切って手伝いを申し出るが、店にはなにか秘密があるようで…。この手のファンタジー作品はよく「ジブリ系」などと言われるし、陳腐なレッテル貼りには常々辟易しているのだけど、それにしたってこれはジブリ作品のリミックスだと思わざるを得なかった。主人公と同年代くらいの本好きの人が読むとよさげ。
 
東方旅行記 (東洋文庫 (19))
J・マンデヴィル
平凡社
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14世紀、騎士ジョン・マンデヴィル卿は東方への旅の見聞を一書にまとめて好評を博した。『東方旅行記』と題された本書は、聖地への巡礼、インドやシナの奇聞、大汗やプレスター・ジョンの事績など、エキゾチックな記述の数々でヨーロッパ世界にインパクトを与え、その影響は後世にまで及ぶという。しかし書かれていることが事実かといえば決してそうではなくて、それまで流布していた東方に関する書物のパッチワークの性格が強い。ぶっちゃけ大法螺である。そのことを了解した上でスキヤポデスや植物羊といった怪物たちと戯れるのも楽しいだろう。

インドの人々はふつう自分の土地から出たがらない性質だからで、それもこれも土星と呼ばれる遊星の下に住んでいるためである。

 

絵はがきの別府(古城俊秀コレクションより)
松田 法子
左右社
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明治から昭和にかけて、別府は豊富な温泉資源の下に発展を遂げた。本書は絵はがきを中心に各種資料を取り揃えて都市の姿を描き出していく。軽いムックだろうと手に取ったら思いのほか力の入った本だった。温泉資源を基盤に、海側の開発、インフラ整備、交通網の発達、旅館や名所、博覧会や軍との関わりなど、様々な要素が絡みあって都市が形成されていく様子が認められる。個人的に土地勘があるのでイメージしやすいこともあるのだが、やはり往時を伝える画像の力は侮れない。都市史として、また都市から見る近代史として、とても興味深く読んだ。

別府が温泉資源を基盤に成立し、その関連産業によって都市的規模に拡大した町である以上、地下を流れる温泉脈の挙動はきわめて重要である。温泉の状況ひとつで、その物理的・構造的上部に形成されたものである社会や空間の様相は一変しうるからである。

追想

追想

瞳を
置き去りにした
夢見ながら
止まった時を遡り
写真の中で
あらわな通せんぼうをしている
視界は遮られ
鼓動は
手遊びのように
雑草のように
刈り取られると
ぶら下がった足を揺らし
木陰を作ったかと思えば
緑が覆う
水面に明るく
漂う花を
上手に噛んでみせて
置き場所のない
そこで夕方まで
あなたは
聴こえる歌を聴いている

『青白い炎』第一篇(その5)

さらに、そこには音の壁がある。秋になり
無数のコオロギに築きあげられた夜の壁が。
立ち止まらずにはいられない! 丘の中腹で
わたしは足を止め、虫たちの熱狂にうっとりと耳を傾けた。
あれはサットン博士の家の灯り。あれは大熊座だ。
千年前、五分間は
四〇オンスの細かな砂に等しかった。
ああ、星々を見つめよ。果てしない昨日と
果てしない明日に目を向けよ。はるか頭上に
星々は巨大な翼のごとく迫り、やがておまえは死ぬのだ。
 
思うに、ありふれた俗物のほうがより幸福だろう。
彼が天の川を見るのは、ただ立小便をしているときだけなのだから。
昔も今も、わたしは大枝に鞭打たれたり
切り株につまずいたりと、危険を冒して歩いてきた。
わたしは喘息持ちで、びっこででぶっちょで
ボールを弾ませたことも、バットを振ったこともなかった。
 
わたしは影だった、窓ガラスに映じた見せかけの遠さに
殺された連雀の影だった。
わたしは頭脳と五感(そのうちのひとつはユニークな)を持ち合わせていたが
他の点ではからっきしだめだった。
夢の中では他の男の子たちと遊んだが
本当のところは友達を妬んでなどいなかったのだ――おそらく
濡れた砂の上にそっけなくも巧みに残された
連珠形の驚くべきもの
自転車のタイヤ跡を除いては。
 

8月第4週

神事が芸能へ、あるいは神々が落魄して芸能の場に現れるというような民俗学の論理にはさして興味がないが、能と狂言の違いに関してはたいへんためになった。能はシテ一人主義であり、すべてを内面化した劇空間を現出せしめるものであるなら、狂言は対話劇で、主客がはっきりした現実の空間である。

同じことがらを当事者の立場でみるか、第三者の立場でみるかによって、能になったり狂言になったりするのである。

「梟山伏」に見られる徹底的なナンセンス、社会や常識をまったく相手にしない底抜けのナンセンスの恐ろしさについては覚えておきたい。
 

狂言・鬼山伏狂言・出家座頭狂言・集狂言を収める。山伏が登場する狂言泉鏡花の作品に使われていることもあって馴染みを感じた。また、「月見座頭」は座頭と男が打ち揃って月見をする狂言で、二人で楽しい一時を過ごした後、座頭の目が見えぬことを幸いに、男が別人のふりで座頭に喧嘩を仕掛ける。人情の脆さを見せられるような結末に慄然とした。
 広くカバーした入門書。写真が豊富で行き届いてる。いい本です。
 
十五少年漂流記の島―ニュージーランド紀行
塩野 米松
求龍堂
売り上げランキング: 1258255
ニュージーランドに関する本が図書館にこれくらいしかなかった。よくあるゆるふわエッセイ。一瞬で読める。
 

『青白い炎』第一篇(その4)

わたしは親愛なる叔母のモードに育てられた。
風変わりな叔母は詩人であるとともに画家であり
グロテスクな成長と滅びのイメージが絡み合った
写実的な事物を好んでいた。
隣室の赤子の泣き声を聞きながら彼女が暮らした部屋は
そのまま手を加えずにおかれた。
そこに残るちょっとしたものが持ち主の人となりを表している。
珊瑚を含んだ凸レンズ製のペーパーウェイト
索引を開いたままの詩集(ムーン、ムーンライズ、ムーア人、モラル)
哀愁漂うギター、人の頭蓋骨
そして地方紙『スター』からの珍しい切り抜き
レッドソックス、チャップマンのホームランによって
 ヤンキースを5対4で破る」がドアに画鋲で留めてある。
 
わたしの神々は若くして死んだ。神を崇めることなど
下劣で、その根拠もあやふやに思えたのだ。
自由な人に神はいらない。だが、わたしは自由だったのか?
自然が我が身に分かちがたく結びついているのを、なんと豊かに感じていただろう。
わたしの子供っぽい舌はあの素晴らしいペーストの
なかば魚の、なかば蜂蜜の味を、なんと愛していたことだろう!
 
ごく幼い頃、わたしの絵本は
彩色した羊皮紙のように、わたしたちが住まう鳥籠を飾った。
藤色をした月の暈、血蜜柑色の太陽
アイリスの花輪、それとあの稀にしか起こらない
イリデュール現象――美しくもまた不思議なことに
山脈の澄んだ上空に
楕円形をしたオパール色の雲がひとつ浮かび
遠くの谷間にかかっていた雷雨の虹を
反射する――
そういったたいへん芸術的なものに囲まれて暮らしたのだ。